現代異界録 vol.1
プロローグ
(どうしてこんな事になってしまったんだ…。)
「男」はジャンパーのフードをすっぽりと顔全体が隠れるように被り、覚束ない足取りで都内某所の狭い路地を歩いていた。
「男」の息は荒く時々、建物に手を付きフラつく体を支えていた。
(どこで間違えた?何を間違えた?)
永遠に感じられる程、何度も何度も誰にでもなく自分自身に問うた。
そして、ただ歩き続けた。頭が朦朧として視界が歪み、胃の中身が逆流し、全て吐き出した。これも何度目だろうか。
そして、その度に自分のした事を突き付けられるのだ。
「おい、大丈夫か?兄ちゃん。」
不意に背後から声を掛けられる、歪んだ視界で相手を認識する。小汚い格好をした初老の男だった。
「男」はこいつは大方ここらに住み着いたホームレスだろうと思った。
「ほら、飲みな。」
初老の男が、まだ風の切っていなかったミネラルウォーターのキャップを開け差し出してくる。
(こんな小汚いオヤジから施しを受けるような、なりなのか今の俺は…)
吐瀉物で汚れた口で自嘲するように少し笑った。
(俺はどこで、何を間違えた?)
もう一度、自問した。
「ひっ…」
初老の男が、引きつったような悲鳴をあげる。吐瀉物を見てしまったのだ。
「男」にはその「最中」の記憶がない。自分がどんな風にそれを口にしているのか、どんな表情をしてそれをしているのか。
あるのは強烈な幸福感と充足感。
(どうしてこうなった…。)
自分が吐き出した消化途中の人間の指や消化できない髪や爪、骨を踏みつけ振り返る。
「あははは…」
「男」はカラカラと壊れた人形の様に笑い、涙を流した。 その様子に初老の男は水を差し出した格好のまま震え、表情は恐怖で歪む。
(ああ、美味そうだ。)
「男」は水を差し出したまま固まっている初老の男の手を掴む。
「た、たすけ…」
酒臭い息で初老の男が言い終える前に「男」は一口目を首筋に喰い付いた。
そこらからは止まらない。喰いつき貪った。
初老の男の体が痙攣し、生命活動を停止していく。邪魔な服を剥ぎ取りまた喰らいつく。
(俺はなぜこんな恐ろしい事を平気で何度もしているのだろう…。)
穏やかに感じる程の激しい衝動に身を任せ、ぼんやりと夢に落ちていくような感覚に支配される。
(まあ…いいか…美味し…。)
人しての意識が眠っていくようだった。
人気のない路地が血で染まっていく。そして、「男」は食事が終わると目の前の惨状を見て絶望する、自分が人ではない何かになってしまったことを繰り返し自覚し、思うのだ。
(何でこんな事になってしまったんだ…。)と。